文章練習(創作) 連作:最終話
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僕のクラスに、転校生がやってきた。
真面目で大人しそうな、少し気弱そうな男の子だ。
小さな声で挨拶していたが、後ろの席の僕までは、あまりよく聞こえてこなかった。
黒板に書かれた名前は、授業を受けている間に、すっかり忘れた。
休み時間も、何人かに声をかけられていたようだが、おどおどとした感じで、しばらくするとポツンと一人になっていた。彼はケータイを取り出し、画面をじっと見ている。
それを僕は、塾の課題をこなしつつ、横眼でチラッと見ていたのだけど、意識して課題へ集中する。
(自分のこともできていないのに、他人を構う余裕はないんだ。)
頭の中で、言い聞かせる。僕はいつだって、言い訳がましい。
分かってはいるし、気にしてもいるけど……。
彼とは特に話すこともないまま、下校時間になった。
ホームルームが終わると、彼は足早に帰って行った。
(あいつ、あんな調子で明日から大丈夫なのか?)
そんな思いが一瞬よぎる。でも、これも意識して振り払う。
(誰か一人くらい、気の合うやつ、できるだろ。)
僕は僕で、さっさと塾へ向かおうとしたのだが、担任に呼び止められた。
どうやら、転校生に渡しそびれたプリントがあるらしい。
それを僕が届けてくれだって? ……なんと、家がかなり近いようだ。
面倒だけど、仕方ない。
「塾の後でもいいですか?」と一応確認し、プリントを受け取った。
ここでちゃんと、名前を把握した。フジイ、ね。
夕方、辺りも暗くなっている中、初対面の人の家の前で、しばし立ち尽くす。
(……やっぱ先に来ればよかった。暗くなってから、知らない人に訪問されたくないよなー)
若干気にしつつ、チャイムを鳴らす。
なかなか、出てこない。明かりはついているんだけれど。
ガチャッ
急にドアが開き、中から「ごめんなさいね、遅くなって! どなた?」と、お母さんだろうか、苦笑い交じりの笑顔の女性があらわれた。
クラスメートということと、プリントを渡しに来たことを説明すると、オーバーにうれしそうにされ、あれよあれよと中へ促されてしまった。気弱そうな転校生に対して、その母は押しが強いらしい。
奥に行くと、フジイがなぜかソファーの下をのぞいていた。
「何してるのよ?」あきれ顔で、フジイ母が言う。
「隠れちゃって、出てこない……」ソファー下をのぞきこんだままの姿勢で、フジイが言う。僕の存在には、気付いていなそうだ。
「チャイムの音にびっくりしたんでしょ。」
「ねえ、大丈夫かな?」振り向いたフジイと目が合うと、ポカンとした顔をされた。
その後、恥ずかしそうにぎこちなく笑いながら「子猫がいるんだよ!」と随分ハキハキした声で言われた。
(子猫?)
フジイ母が説明する。
「この子ったら、引っ越してきたその日に、拾ってきちゃったのよ。しかも3匹!」
「だって、雨だったし、あのままじゃ死んじゃうと思って。」
「そうだけど、おじいちゃん説得するの大変だったんだから!」
「とか言って、自分が一番、かわいいかわいい言って世話やいてたくせに。」
そんなやり取りを僕は黙って聞いていた。
どうやら、僕が何も手を出せなかったあの猫たちは、この家族に救われていたらしい。
気付くと、好奇心が勝ったのか、うち1匹が恐る恐る身を出してきた。
フジイがその子を抱き上げるのを、少し後ろめたい気持ちで眺める。
でも、なんとなく、今後フジイとはうまくやれそうな気がした。
きっと、僕なんかよりも、ずっといいやつだ。
残りの2匹も出てきて、フジイの傍でくつろぎ始めていた。